人として 5
とある人は熊本県の小学校の先生で、子供の教育のために、東京へ出てきて、潅区の小学校で音楽の先生をしながら、かたわら、NHKで幼児の時問の音楽番紅を担当していました。
そのお父さんの江藤さんはバイオリンが好きだった人ですが、バイオリニストとまではいかなかったのです。
子供はなんとかよく育てて音楽家にしたいと思っていたのです。
しかし、このお父さんは、子供に対して自分の考えを一つも口に出さない、そこは教育者ですからね。
決して自分の、そういう教育意欲というものを、むき出しに出そうとしないのです。
けれど環境をつくり教育条件をつくりました。自分の家にバイオリンを置いて、自分がときどき弾いていたのです。