人として 1
天にも地にもただ我のみ鯨い
という意味は、お釈迦さまひとりが導いのではなく、人周というものは、およそオギャーとこの世に生まれてきたら、その子どもは一囲限りの人生、この子供は首い存在なのです。
そして、この子どもだけにしかない取り柄というものがあります。
それを見つけてやることが教育なんです。
それが親の責任なのです。
それはむずかしいけれども、すくなくとも、それを見つけてやりましょうと思って、子供を、育てることが、真の親なのです。
ところが、子供が生まれてくると、親は、了供に対して、一種のパターンといいましょうか、型のようなものを当てはめる。
女の子であるとピアノを習わせたりバレーや日本舞踊などをやらせることが多いと思います。